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【経験談】脱毛症患者様へ

脱毛症の種類について

脱毛症は主なものは、大きくパターンを分けると5つに分類されます。

①単発型(円形脱毛部位が1か所のみのもの)

②多発型(円形脱毛部位が2か所以上に及ぶもの)

③蛇行型(生え際に沿って脱毛部位が蛇行しているもの)

④全頭型(脱毛部位が頭部全体に及ぶもの)

⑤汎発型(脱毛部位が頭部のみに留まらず、全身に及ぶもの)

など、症状の出方・程度によって様々な種類が存在します。

症状は①から⑤へと数字が大きくなるにつれ重症であると言われています。

現在の医学では正確な原因は判明しておらず、そのため治療法も確立されていないというのが現状ですが、本来であれば菌やウイルスなど身体に有害なものを攻撃するはずの個人の「免疫細胞」が何らかの原因により、自身の髪の毛を作り出す役割を担う毛母細胞(もうぼさいぼう)に対し攻撃をしてしまっていることが原因ではないかと言われています。

脱毛症の治療について

症状の程度や発症してからの時間などを考慮し、様々な治療法が検討されます。

主な治療法は、ステロイドパルス療法、ステロイド内服・局所注射、SADBE、紫外線療法、液体窒素療法、外用薬の塗布などです。

治療の効果が得られているか得られていないかによりその都度治療法が変更されていくこともありますが、特にステロイドパルス療法やステロイド剤の内服などは、外見や精神面に変化を及ぼす副作用が出現する可能性もあるため、副作用の出現に伴う精神的な負担が大きくなってしまうことも懸念されます。

どんな治療をするにも作用と副作用は背中合わせで切っても切れないものではありますが、身体の治療のために心を犠牲にしすぎてしまうのはあまりにも辛いので医師とともに、自身に合った治療法を見つけて取り組んでいけると良いのではないかと思います。

【経験談】

私も脱毛症になったばかりの頃は、医師に勧められるがままステロイドの内服を開始・継続していましたが、「髪の毛がなくなる」ということだけでも心がえぐられるような思いなのに、顔が浮腫んだり体重が増えたり、どんどん自分の外見が変わっていってしまうことがあまりにもショックで悲しくて医師に「ステロイド内服はもうやめたい」と申し出たことがあります。

結果は、「効果が出てきているからもう少し続けてみよう」という医師の考えにより中止とまではいかず減量に留まりましたが、治療に関する自分の意思を医師に伝えられたことで「誰のためでもなく、自分のための治療なんだ」ということを再実感し、医師と積極的に会話するきっかけになったのでとてもよかったです!

病気を受け入れるということ

突然髪の毛が抜けるということ、当たり前にあると思っていたものが失われていくことの悲しみや不安・恐怖は、言葉にできないほどのものであると思います。

一言で言ってしまえば「髪の毛が抜けていく病気」ということになりますが、実際に脱毛症という病気によって影響を受けるのは髪の毛だけではありません。

外見が変わってしまう悲しみ自分が自分でなくなってしまうような恐怖果たして良くなるのか、髪の毛はまた生えてくるのかという不安…

様々な感情が次々と襲い、心が疲弊してしまうこともあるのではないでしょうか。

どうして自分なんだろう?

どうして自分がこんな病気にならなくちゃいけないの?

いくら考えてみても答えの出ない問題に、時に怒りを覚えることさえあるかもしれません。

「もう何も考えられない」「考えたくない」と、何もかも投げ出してしまいたくなるような気持ちになるときもあると思います。

突然自分に降りかかってきた出来事に、すぐさま適応できる人などいませんよね…

「ある日突然病気になってしまった」「ある日突然大きな怪我をしてしまった」など、突発的に起こった出来事に対し、人はどのようにしてその出来事を受け入れていくのか…心理的な段階を示したものがあるので、ここでご紹介したいと思います^^

『ある日突然病気になってしまった! どうなる…?↓↓』

【衝撃(ショック)】

病気になって間もない時期。

感情が麻痺してしまっているために、心理的には平穏な状態であることが多い。

目の前にある現実を「自分とは関係ない」と感じており、自分自身の問題として捉えられていない。

【回復への期待】

「もしかしたら自分は治らない病気なのかもしれない」と自覚し始める時期。

自分自身が病気であることや、何らかの治療が必要となることは理解できる。

しかし、それにより今後の生活にどのような影響を及ぼすのかというところまでは思考が追いついておらず、正確に受け入れることができない。

病気であることを認められなかったり、回復への期待を過剰に抱いたりする。

【悲嘆】

徐々に自身の置かれている現状を理解し始める時期。

「自分は治らない病気なのかもしれない」ということを否定できなくなる。

これに伴い、「自分の価値はもうない」と感じ、すべてが失われてしまったような考えに陥る。

【防衛(解決への努力期)】

様々な感情が渦巻き、葛藤しながらでも、なんとか前向きに考えようと努力する時期。

他者に八つ当たりしても結局問題は解決しないんだ…ということに気づく。

病気や障害を受け入れることに対して前向きになっていける頃である。

【適応(受容)】

病気や障害によって自分の価値が失われることはないと考え始める時期。

他者との交流も積極的にできるようになり、社会や家庭の中で新しい役割を得たり、生きがいを感じられるようになる。

これらは一概に、スムーズに上から下の段階へ進むというわけではなく進んだり戻ったりしながら、少しずつ【適応(受容)】へ達していくといわれています。

「病気を受け入れなくちゃ!」と気を張って頑張りすぎてしまったり、「こんなマイナスなことを考えていちゃだめだ!」と自分自身の感情を否定してしまったりすることは、余計に自分自身を苦しくしてしまうことに繋がるのではないかと思います。

「病気を受け入れられない」という思いや「病気になってしまって辛い」という気持ちは誰しもが思い、悩み、経験していくことであり、時に他人が羨ましく思えたり、「誰にもこの気持ちはわからないんだ」と殻に閉じこもりたくなってしまうこともあります。

そのような自分に沸き起こる素直な感情を、否定したり打ち消したりする必要は全くありません。

マイナスの感情になることは、決して悪いことでも後ろめたいことでもないのです。

「明るくいなければ」「病気を前向きに捉えなければ」

「~しなければならない」「~でいなくてはいけない」といった考えはひとまず置いておいてみましょう。

マイナスのベクトルを無理にプラスに向ける必要はありません。

自然と心がプラスの方向へ向きだしたら、そのときに考えればよいのです^^

自分の気持ちを押し込めてしまうと、その分の反動がいつか大噴火を起こすことになってしまう可能性があります。

果たして大噴火をしたときに、自分の心を保てるか…というと、非常に難しいですよね。

自分自身の感情を認識する、認めるということは、感情をコントロールすることに繋がっていきます。

その積み重ねが、「病気と上手に付き合っていく」ということ、すなわち「病気を受容する」ということへと繋がっていくのです。

脱毛症とウィッグ

脱毛部位や程度によっては、地毛で隠すことも可能ではありますが脱毛部位が広範囲にわたってくると、どうしても地毛で隠すことに限界が生じてきます。

どうしても地毛で隠すことは難しい…という状況になってしまったら、程度に応じてウィッグを活用するというのも1つの方法です。

ウィッグと聞くと、「周りにばれてしまうのではないか…」「値段が高そう…」と少し構えてしまうかもしれませんがとっても便利な今の時代!本当に使い勝手がよく、リーズナブルなお値段且つおしゃれでかわいいものがたくさんあるのです^^

一般的にウィッグと言うと、頭の形そのままになっているものを想像しがちですが、ヘアピンに毛が付いたようなパーツタイプのものや、つむじ部分だけのものなど、様々なタイプのものが存在します。

ご自身の脱毛部位の場所・程度に応じて最適なウィッグを選択し使用していくことで、脱毛部位の髪の毛を補えるだけでなく、髪が抜けたことで諦めかけてしまったヘアスタイル・ヘアアレンジなどのおしゃれも楽しむことができます。

初めは、ウィッグを使用することに抵抗のある方も多いでしょう。

「ウィッグを使わなければいけない」という現実を受け入れられない…という方や、「本当は使いたくなんてないのに仕方ないから着けている」という方もいらっしゃるかもしれません。

きっかけはどのようなものであっても、もしも「ウィッグを使ってみようかな…」と考え始められたら、それは可能性を広げられるチャンスだと思います^^

今やおしゃれアイテムの一つとしてウィッグを着ける時代…心が少し前向きになってきたかな?と思えたら、思い切って自分に似合うウィッグ探しをしてみても良いかもしれません。

最初は嫌々付けていたウィッグも、ウィッグの良さや便利さを実感していくと、魔法のアイテムに変わるかも…?

いつの時代になっても、いくつになっても、おしゃれはし続けたいですよね。

「病気になってしまったから」と、おしゃれを諦めるのはあまりにももったいない…!

「今日はどのウィッグにしようかな?」

そんな風に毎日のおしゃれを楽しむことができたら…とても素敵ですよね^^

「地毛はなくなってしまったけど、おしゃれが楽しめる!」と、希望を見出すことができる。

例え病気を抱えていても、自分に自信をもって、自分を肯定して日々を過ごすことができる。

“自分らしさ”を再発見することができる。

そんなきっかけをくれるのが、ウィッグなのではないかと思います。

【経験談】

私自身、脱毛箇所を見つけてから初めて病院を受診した際には、すでに5ヵ所ほど円形脱毛箇所があるといわれました。

はじめはなんとか地毛で隠していましたが、範囲が広くなるにつれて次第に無理が生じ、部分的なウィッグを使い始めました。

初めはヘアピンに毛が生えたような、本当に小さなパーツのようなウィッグでしたが、周囲にも全く気付かれず…

更に脱毛部位が拡大してからはこれを2つ使用して対処しました。

髪が抜け続けると、幾つかの円形脱毛部位が繋がってしまい、パーツウィッグでは対処しきれなくなりトップカバー(つむじ部分のウィッグ)を使用するようになりました。

いよいよトップカバーのタイプでも隠し切れないとなったときは、「ついにフルウィッグか…」と、とても悲しくなり実際フルウィッグを使用するようになってからは、毎日嫌々着用していました。

“ウィッグは自分が外に出るための道具”でしかなく、おしゃれを楽しむ気持ちなど皆無でした。

「安いウィッグは造りもそれなりで、絶対ウィッグだとばれる」という思い込みもあったため高額なウィッグを購入し、それだけを使い続けていました。

ですが、いくらお金をかけていようとも、ウィッグが消耗品であることには変わりはなくまして毎日同じウィッグを使おうものなら傷みも早い…メンテナンスにもお金がかかる…

そんな負の連鎖に陥っていたときネットで、もっとお手頃価格でスタイルもかわいいウィッグを発見!!

目からウロコでした。もっと早く出会ってればお財布も泣かずに済んだのに…と。

そこからは「自分にはどんなスタイルが似合うだろう?」「地毛ではやったことのないカラーに挑戦してみようかな?」と
病気になってから忘れかけていた”おしゃれをする”ということへの意欲がふつふつと沸いてきました。

今でも毎日ウィッグを着けて生活していますが、その日の服やメイクに合わせてウィッグを変えるなど、ウィッグライフを心から楽しんでいます^^

ご家族の皆様へ

大切な家族が病気になるということは、本当に計り知れない悲しみと不安を抱かれることと思います。

病気を患った本人は、確かに抜けていく髪自体を見て悲しむことはあるけれど、鏡を見ない限り自分の姿を目にすることはありません。

しかし、本人の1番近くにいる家族は、徐々に変わりゆく姿を間近で見ていくことになります。

「どうしてこの子なの?」

「私が健康に産んであげられなかったから…」

「代われるものなら代わってあげたい」

そんな風に、自分自身を責める気持ちも生まれてきてしまうかもしれません。

本当は家族だって本人と同じくらい辛い思いをしているのに、「本人が1番辛いんだから」と自分の抱える感情を押し込めてしまい頑張りすぎてしまうこともあるかもしれません。

「自分は何もしてあげられない」「どんなことをしてあげたらいいのかわからない」と、無力感に苛まれて、存在意義を見失いそうになることもあるのかもしれません。

私は自分が病気を抱える身であるので、それを支える家族の気持ちを完全に理解することは難しいです。

前述した言葉は、私が病気になってから実際に母が私に対して言った言葉でした。

病気を発症して2年になりますが、今でも母は「ご飯を作ったり、一緒においしいものを食べに行ったり、買い物や映画に出かけたり…そんな当たり前のことしかしてあげられない。自分ができることは何なのか、答えがわからない」と言います。

そんな母に、私はいつも「お母さんが、私が病気になる前と変わらずいつも通りでいてくれたらそれが1番嬉しい」と話します。

「当たり前のことしかできない」という母に、「お母さんにとっては当たり前のことかもしれないけど、私にとってはすごくありがたいことだよ」と話します。

自分のせいで親が悲しむことは、子どもにとってはとても辛いことです。

「私がお母さんを悲しませているんだ」と、巡り巡って自分自身を責める気持ちも生まれてしまいます。

お互いを思いやっているのに、そんな風にどんどんすれ違ってしまったら、それはとても悲しいことですよね。

親にとっての”当たり前”が、子にとっても”当たり前”であるとは限りません。

いくつになっても子どもは、親が笑っていてくれたら嬉しいし、親が泣いていたら悲しいのです。

いつ何時もすべてのことを前向きに考えていくことは難しいかもしれませんが、できるだけ一緒に笑って過ごせるように、ご家族の方にしかできないサポートをしていただけたらと思います^^

最後に

今回は脱毛症の医学的な部分から患者様の心理的な側面、またウィッグの活用法までご紹介しましたが、いかがでしたか。

病気というのは、いつ誰の身に起こるかわからないものです。

予防ができる病気も、予防ができない病気もこの世には存在します。

だからこそ、いざ自分の身に降ってきたときに戸惑い、嘆き、怒り、悲しむのは、当然のことと言えます。

「あなたはひとりではありません」…頭ではそうわかってはいても、やはり孤独感を感じてしまいますよね。

病気によって諦めなければならなくなったことも数多くあるかもしれません。

挑戦してみたいと思うことが見つかっても、「でも髪がないし、ウィッグだし…」と、実行に移すことにためらいが出てくる場面もあるかもしれません。

それでも、病気は「あなたらしさ」まで奪うことはできません。

病気を中心に、治療のために生きているわけではないのです。

病気と上手に付き合いながら毎日を少しだけHAPPYに過ごしていけるあなたなりの方法を、ぜひ探してみてくださいね^^

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